歴史の楽しみ  古文書の読み方

専門について
歴史に興味を持ち始めてから、もう五十年がたちました。その間40年は空白がありました。始めの5年間の集約が”三河一向一揆”でした。まるっきり笠原一男のコピーにすぎませんでしたが300枚書き切りまいた。定年の前から井上 鋭夫の”山の民海の民”と”三州一向兵乱記”を頼りに研究を再開しました。調べものだけで一年たち、並行して早川家文書の写真どりからリスト作り展示会と発展し、これも一つの成果をだそうと研究を継続しています。また最近は小牧の古文書の仲間ができ、その人たちと小牧史跡研究をたちあげつつあります。
 古文書の解読力をあげて将来できれば濃尾地方における中世一揆の関連性を調べて行きたいとおもっています。そこでは木曽三川と伊勢湾の役割と人の生活がにじみでてきます。
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2012/1/18

くずし文字で困ったら  古文書の読み方

古文書を読む
難解な文字に当たったらどうするか?
1、 漢和辞書を引く
2、 見過ごす
3、 書いてみる
4、 篇とか旁から特徴を捕まえる
5、 色んな文字を想像して、特に不得手な文字を当てはめる
6、 熟語から想像する
7、 用語を考えてみる
8、 よく似た文字があれば文字解読辞典にて確認する
9、 一度、全部みてから、同様な文字がないか確認する。
10、 文章の前後関係から文字を当てはめてみる
11、 解からなければ、見逃し深追いはしない。
12、 人にその場で聞いてみる
貴方だったらどうしますか
今、私の解決法は一度、紙に書いてみます。そして文章の中に同じものがないか、見渡します。それから電子辞書の“単漢字を大きな手書き入力から探す”にて入力検索をします。
其のとき、くずし文字を出来るだけ想像に近い文字を書きます。出てきたら10文字の中から、これだと思う文字を選び熟語をだします。それで判別できないときは、一旦諦めます。この時、できるだけくずし文字を憶えておきます。
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2012/1/7

小牧の風景  興味深々

小牧の風景小牧市の史跡を鳥瞰する企画です。毎月第一金曜日 小牧の市民会館にて行ってます。講師は栗木先生といい、岩崎山などの本を出されてる方です。今回四回目として”小牧宿の入口”高札場の位置を特定されてます。歴史は一度確定するとなかなか変えようとしません。ところが今回、明治の地籍図において”高札”と書かれている記事を特定されました。。これは行政の誤りではっきりさせることが必要です。そういう意味からしてこの会は市民に生かされてる会です。
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2011/12/15

平曲  興味深々

平家物語
芸能文化史の中で平家物語の曲があり、そのCDを借りて聞いてみた。須磨の段、竹生島、宇治など。はじめは何と陰気な地からの声としかいいようがなく魅力にかけるとおもいました。しかし那須与一の須磨の段を言葉を読みながら聞いているとなかなか味わいがあります。ただ一つのことの回りくどい言い回しが現代人にはとても着いていかないのでしょう。よく聞くと聴けなかった琵琶が曲を盛り上げます。太鼓と浪曲の共演と同様、琵琶と平曲はマッチします。時間を忘れ聞き惚れないと理解できない。江戸時代以前の人たち特に武家社会の精神に訴えたのだろう。
では現代に通じるかといえば、難しい。何故かといえば、だれば一日かかり40キロの道のりを歩くか?二オクターブの音域とベンベンという派手さのない堤のような音では、三味線のような又ギターのように弾き語りができない。せめて踊りを交えて浄瑠璃と共演できれば、生き残れるかもしれない。
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2011/12/6

小牧の風景  興味深々

小牧の風景
第四回
入鹿池と入鹿用水
 現在、江崎家に伝わる”入鹿新田御用日記帳”を読んでいます。その中には江崎家の
成り立ちから木曽街道に関わる宿場としての小牧を書いています。その中で入鹿用水の
できあげりの話がよく出てきて、歴史地理学の観点からも興味をそそります。
 3回の講義をきいて今回初めての現地見学をしました(12月2日)。
朝10時に入鹿池に集合、なんと33名が20台の車で集まってきました。入鹿池土地
改良事務所で、パンフレットをもらいぞろぞろと貯水搭へ行き仕組みを教えていただき
ました。この後昔の圦まで歩き、構造を想像しました。
 次は全員、車に乗り入鹿用水が分離する出発点に集まりました。そこは砕石工場の近
く、ダンプの出入りする場所で五条川と入鹿用水、犬山への川との起点に立ち見学する。
 一昔の農村では、水を守ることは人の生命と同様でした。水があれば農産物は息を吸
い、止まれば死んでしまします。農民はこれを命を懸けて守り実を収穫してきました。
 この用水は小牧、大口、春日井、北名古屋の大地に江戸の初期から水を供給して、現
代は愛知用水として飲み水から工業用水までを賄っています。江戸時代にはこの用水を
守るために村同士、農民同士の諍いもあとを絶ちませんでした。
また全車に分乗して細い五条川沿いの小路を下り、本物の入鹿用水を確認しました。
まるで太宰治が入水してという玉川用水の写真にでてくるようなに見悪い場所で水は確
かに下っていました。
 その用水は途中薬師川と合流します。そして田県神社前の東側で別れ暗渠に入り春日
井市鷹来へ向かいます。
 今度は当時水奉行があった場所に向かいました。そこは住宅街の一角で地下に用水が
流れていました。未確認。それも地図から一部変更にないっていまいした。
終わりは12時半。無事解散となりました。

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